シナプス可塑性による記憶回路のダイナミクス

後藤 明弘

京都大学 大学院医学研究科 システム神経薬理 特定准教授

動物は外界環境の情報を学習し、その記憶に基づいて適応行動をとります。学習の際、シナプス長期増強 (LTP)という現象により特定の細胞間のシナプスが強化されることで、新たな神経回路が形成され、適応行動を獲得します。このような記憶に伴う神経回路の再構築と遷移には、脳の広い領域でLTPとそれに伴う遺伝子発現の変化が重要です。しかしその詳細なメカニズムはいまだに不明な点があります。
外界からの情報はまず海馬で短期的に記憶されますが、時間が経つにつれ、大脳皮質など海馬以外の領域に移行していきます。この現象は記憶の固定化として知られています。記憶の固定化では海馬と皮質以外にも様々な脳領域が必要で、それらの領域でも同様に新たな神経回路が形成されると考えられます。したがいまして本研究では、記憶の固定化に関与する様々な脳領域で、記憶回路形成に必要なLTPの詳細な時空間情報の解明とそれに伴う遺伝子発現を網羅的に解析します。
この目的のために、近年開発した独自の光遺伝学的手法 (Goto et al. Science 2021)を用います。この手法では脳内で誘導されるLTPの時間枠と場所を詳細に解析することが可能です。本手法を用いることで、記憶の固定化に伴ってLTPが誘導される脳領域と時間枠を詳細に明らかにします。さらに、明らかにしたLTP時間枠の前後にける遺伝子発現の変化をRNAシークエンスによって検出し、学習回路の形成に必要な遺伝子発現を網羅的に解析します。以上により、記憶回路形成に重要なシナプス可塑性と遺伝子発現の詳細かつ網羅的な情報を明らかにします。

文献

  • Goto A. (2022) Synaptic plasticity during systems memory consolidation. Neurosci. Res. in press (available online)
  • Goto A et al. (2021) Stepwise synaptic plasticity events drive memory consolidation. Science 374(6569) 857-863.
  • Goto A et al. (2015) Circuit-dependent striatal PKA and ERK signalings underlie behavioral shift in Male Mating Reaction. Proc Natl Acad Sci U S A. 112 (21):6718-23.