トランスラトームダイナミクスから探る適応の多様性

谷本 拓

東北大学 大学院生命科学研究科 教授

神経回路の可塑的な機能変化は動物の行動適応の根幹であり、個別シナプスから細胞集団まで異なる階層にわたり研究されてきました。経験や状態変化に応じて獲得した可塑的変化の維持には、特定細胞での新規タンパク質合成が重要であることが分かっています。しかし、可塑的変化に応じて特定の適応回路で翻訳されるべきタンパクが何であり、そのタンパクがどのように機能することで安定化するかに関しての知見は未だ断片的です。さらに、長期的な可塑的変化が生じる際には転写非依存的なmRNA翻訳が必要であることが示唆されています。このことから、適応における特定回路の分子変化を理解するためには、神経活動に応じた変化を転写だけでなく翻訳に関してもプロファイリングする系が必要となります。
本研究では、ショウジョウバエの細胞種特異的な遺伝子発現系と比較トランスラトーム・トランスクリプトーム解析を組み合わせ、神経活動依存的な転写・翻訳の経時変化を明らかにすることを目指します。特に「刺激後の時間」と「細胞種」という2変数に焦点を当て、適応回路で起こる可塑的変化をトランスラトームから解明します。具体的には、光遺伝学を用いて標的細胞を脱分極させ、活動依存的な翻訳応答の経時変化をプロファイルします。この「比較オミクス解析」により、刺激直後に翻訳活性が上昇する「最初期タンパク」や、二次的に翻訳効率が変化する標的遺伝子を網羅的に同定します。さらに神経活動前後のトランスクリプトーム・トランスラトーム応答を、複数の細胞種間で比較することにより、回路適応の細胞多様性の理解を試みます。

文献

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