適応機能の回路遷移センサス
「記憶エングラムセンサスによる再固定化から消去への動的な回路遷移の分子基盤の解明」
喜田 聡
東京大学大学院農学生命科学研究科 教授
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研究室HP:https://www.kida-lab.org/
リサーチマップ:https://researchmap.jp/read0117053
恐怖記憶は想起後に再固定化により維持・増強されるが、再び恐怖イベントが起こらなければ安全学習である消去が誘導される。従って、この過程で「恐怖(再固定化)」から「安全(消去)」へと行動適応を導くための「恐怖記憶回路遷移」が起こる。現在、扁桃体における恐怖と消去の二種のニューロン集団の競合により恐怖記憶消去が誘導されると提唱されて世界的に研究が進んでいる。これに対して、研究代表者はこれまでの研究結果から、想起後の再固定化から消去への回路遷移が前頭前野における単一の記憶エングラムニューロンの機能的変化、すなわち、前頭前野の“恐怖記憶エングラム”が“消去記憶エングラム”に変化することで実行されるとの仮説を立てている。そこで、本研究課題では、RNA-seqを中心とするオミクス解析と最新の記憶エングラムの細胞・シナプスレベルの同定・介入手法を基軸とした恐怖記憶エングラムセンサスにより、前頭前野と扁桃体を比較しつつ、この仮説を回路・細胞・分子レベルで実証することを目的とする。この解明を通して、恐怖と消去の二種のニューロン集団の競合により恐怖反応が制御されるといった既存の概念とは異なる、新たな記憶消去に至る回路遷移の制御基盤を明らかにすることを試みる。恐怖記憶制御基盤はヒトと高等動物で共通することが強く示唆されているため、本研究課題の進展は心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder; PTSD)の病態理解と治療法開発に貢献できると考えている。
文献
- Takahashi S et al. (2021) Tumor necrosis factor α negatively regulates the retrieval and reconsolidation of hippocampus-dependent memory. Brain Behav Immun 94: 79-88.
- Fukushima H et al. (2021) Active transition of fear memory phase from reconsolidation to extinction through ERK-mediated prevention of reconsolidation. J. Neurosci 41:1288-1300.
- Kida S (2020) Function and mechanisms of memory destabilization and reconsolidation after retrieval. Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 96:95-106.
- Hasegawa S et al. Hippocampal clock regulates memory retrieval via Dopamine and PKA-induced GluA1 phosphorylation. Nat Commun 10:5766.