多様な環境に生息する固着性刺胞動物サンゴの適応責任回路の解明

西辻 光希

福井県立大学 海洋生物資源学部 先端増養殖科学科 准教授

サンゴ礁は地球の海の約0.2%を占めるに過ぎないですが、記載されている生物の約30%が生息し、漁業や観光業などでサンゴ礁域に住む人々の生活を支えています。しかし近年の人間活動による環境悪化、特に海水温の上昇、海水の酸性化、オニヒトデの爆発的放散などにより世界のサンゴ礁が危機的状況にあります。サンゴは固着性の刺胞動物であり、潮間帯から水深50m以深にまで生息しています。つまり日光や乾燥、pHや高低水温など様々な環境の変化に適応し生存しています。けれどもその環境変化にサンゴ自体がどのように適応しているのかという研究は、サンゴを自由に使えない、産卵は年に1度だけ、実験手法が限られることが原因となり、進んでいないのが現状です。
本研究計画では、環境適応の中でもサンゴの高低水温への適応神経回路を理解することを目的とします。完全長ゲノムが解読されているウスエダミドリイシAcropora tenuisをモデルのサンゴとして用いて、時には海水温に10度以上の差がある沖縄の夏と冬に同一個体のシングルセルRNA-seqを行い、適応回路の構築に関与する遺伝子群の特定を目指します。さらに初夏の満月の夜に行われる年1回のサンゴの産卵の際に、サンゴ受精卵へのマイクロインジェクション法による候補遺伝子の機能解析を行って、刺胞動物サンゴの温度変化に対する適応責任回路の理解に迫ります。その過程において計画班の皆さまとも積極的に連携をとり、恒常性を維持するために神経回路の構築又は再編成されて適応脳機能を獲得する機構の解明という領域の目的の推進に貢献していきます。さらに、この適応機構の理解は進化的な知見を得るに加えて、危機に瀕している造礁サンゴの保全などに役立つことが期待できます。

文献

  • Kawamura K, Nishitsuji K et al. (2021) Establishing stable cell lines of a coral, Acropora tenuis. Mar Biotechnol https://doi.org/10.1007/s10126-021-10031-w.
  • Kawamura K, Sekida S, Nishitsuji K et al. (2021) In vitro symbiosis of reef-building coral cells with photosynthetic dinoflagellates. Front Marine Sci  8, 706308
  • Shinzato C, Narisoko H, Nishitsuji K et al. (2021) Novel Mitochondrial DNA Markers for Scleractinian Corals and Generic-Level Environmental DNA Metabarcoding. Front Mar Sci 8: 758207