記憶遷移を担う神経回路ダイナミクスの神経ペプチドによる修飾メカニズム

殿城 亜矢子

千葉大学 大学院薬学研究院 准教授

動物は、危険な状況を学習・記憶し、生き抜く能力をもちます。この様な動物の適応行動に必要な学習・記憶能は、加齢に伴い低下します。その原因として、神経細胞の変性・細胞死が加齢により増加することや、神経伝達物質を介したシナプス伝達が加齢により低下することに着目した研究が進展し、アルツハイマー病を含む加齢性記憶障害の創薬ターゲットとなってきました。近年、神経ペプチドもまた加齢に伴い変化し、記憶低下の原因となることが示唆されてきました。しかし、記憶形成に関与する神経ペプチドが学習・記憶能を支える神経回路にどの様に組み込まれているか、また神経ペプチドと加齢性記憶障害との関与については不明な点が多く残されています。
本研究は学習・記憶能を支える適応回路が明らかになりつつあるショウジョウバエの嗅覚記憶系を用いて、行動遺伝学や生体カルシウムイメージング手法、単一細胞群トランスクリプトーム解析を組み合わせることで、神経ペプチドが学習・記憶機能を制御する神経基盤・分子機構を明らかにします。さらに、神経ペプチドの加齢性変化が記憶に与える影響を明らかにすることで、加齢性記憶障害の新たな機構の解明を目指します。
神経ペプチドによる記憶制御機構やその破綻機構を解明することは、記憶遷移を担う神経回路ダイナミクスの神経ペプチドによる修飾メカニズムの解明に繋がり、根本治療薬が存在しない認知症発症の新たな治療ターゲットを提示する重要な科学的知見となります。

文献

  • Tonoki A et al. (2020) Appetitive Memory with Survival Benefit Is Robust Across Aging in Drosophila. J Neurosci 40: 2296-2304.
  • Tanabe K et al. (2017) Age-Related Changes in Insulin-like Signaling Lead to Intermediate-Term Memory Impairment in Drosophila. Cell Rep 18: 1598-1605.
  • Tonoki A et al. (2015) Aging impairs protein synthesis-dependent long-term memory in Drosophila. J Neurosci 35: 1173-80.